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in the MIRROR
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性癖の煮凝り。

No.27

涙は希釈された祈りであること/ホンイサ
囚人と囚人

 どうして僕に、このE.G.Oが抽出されたんでしょうね。
 もはや慟哭と呼んで差し支えない――常であれば軽やかな音律を乗せるように、玉を転がすかの如き笑声を紡ぎ出す声帯から発せられているとは到底思えないあれは、本当に己の知る「彼」の声なのだろうか――耳を劈くような悲鳴を上げ、爆ぜて散り散りになり果てた蒼黒の肉塊を視界に映す。
 酷く、酷く陰鬱な心地だった。心の柔らかな部分を真綿で包むようにしてぎりぎりと締めあげられるような、名状し難い窒息感。つい先刻、突として落とされた彼の問いかけは、未だに頭の中で反響し続けている。
 青い涙を流して泣くばかりの幻想体が一体何を考え、そのような行動を取ったのか。その真意までを推し量ることは出来ても、それが必ずしも正解であるとは限らない。しかし、精神の悉くを擦り減らし、発狂へと至らしめるその響きを――それでも否が応でも泣き止ませる行為に対して、僅かばかりの罪悪感を抱いてしまった事実をただの気の迷いであると、自分には断定出来なかった。
 ――もしやすると。
 かの幻想体は自身の感情に、自我に感化させることによって、彼の気が済むまで「泣ききらせよう」としているのではないか。
 突飛な思考が脳裏を過るも、不思議と溜飲の下がるような心地だった。
 ホンルという囚人が、自身の感情を発露させることはほとんどない。常に笑顔で、朗らかで、何も考えていないようでいて、他者を慮る言葉を欠かさない青年――そんな彼が時折、ふとした瞬間に酷く達観とした表情を覗かせることがあった。
 どこか諦観にも似たような、神妙なそれを目の当たりにするたび、その作り物めいた美しい笑顔の下にはどれほどの感情をひた隠しにしているのかと思索を巡らせることがある。木漏れ日のように優しい微笑が自分に向けられるたび、ふつふつと込み上げる多幸感に顔が綻ぶと同時に、この笑顔がただの作り物でないことを心から願った。
 果たしてどれほどの言葉を尽くせば、本当の彼を見つけられるのだろう。
 いくら伸ばせど、この手は未だ届かぬというのに。蛙は彼のために滂沱の涙を流してやれる事実に。
 不意に、狡いと思ってしまった。
 ――最も狡いのは、この胸に息衝く醜い感情だというのに。

「イサンさん」
 名前を呼ばれた気がして、おもむろに顔を上げる。ちょうど時計が巻き戻り終えたらしい。先程E.G.Oに侵食されたばかりとは思えぬあっけらかんとした面持ちで、彩の異なる珠のような眼差しを己に向けて、彼はいつものように笑っていた。
「そなた、安穏なりや?」
「ふふっ、体が吹き飛ぶくらい、今更なんともないですよ~」
 何とはなしに紡がれた言葉。気の抜けた笑顔。
 いつも通りの、緊張感のない見慣れた姿。
 ――そは、真なりや?
「……さりか」
 口をついて出かけた疑問が音を成す前に、あえかな苦笑で隠した。
「しかし、精神に並々ならぬ負荷を受けた身なれば、さほどな無理しそ」
「はい。それよりも~……」つ、と眦を撫ぜる心地好いぬくもりにほっとするにも、それはあまりに唐突だった。「イサンさん。目元が赤いですけど、大丈夫ですか~?」
 それが彼の指先であると気付くよりも先に、すぐ側にまで迫った端正すぎる顔を、瞬きも忘れて見つめる。
「何を……、」
「う~ん……目も少し潤んじゃってるし、もしかして泣いてました?」
「…………は?」
 しばらく、彼から齎された言葉の意味が理解出来なかった。泣いていた? 自分が?
 この戦闘中、一遍たりとも涙を流した記憶など自分にはなかった。しかし、気遣わしげに此方を窺う瞳に、明らかな嘘が紛れているようにも見えなくて余計に訳が分からなくなってしまう。おかげで頭の中は顔料で塗り潰したように真っ白だ。
 仮に彼の言うことが事実ならば、自分はいつから目を潤ませていたのだろう。
「あはぁ……その調子だと、イサンさん自身も気付いてなかったんですね~」
 目の前でころころと笑う彼の声に、現実に引き戻される。珠の双眸は楽しげに細められていたけれど。
「あ~あ。あなたが、僕のために泣いてくれたのなら良かったのに」
 気のせいだろうか。微笑を湛えたままの口唇から独り言ちた言葉が、一等柔らかくて優しい響きを帯びていたのは。
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#LCB61

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