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in the MIRROR
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性癖の煮凝り。

No.29

透明な傷をなぞって/ホンイサ
囚人と囚人

 硝子窓から降り注ぐ陽光は目を焼くには柔らかく、心地の好いぬくもりが皮膚に滲みいっていくようだった。朝寝に耽るにはこの上ない気候だというのに、今日は不思議と目が冴えていて、夜着から制服に着替えては、誰よりも一足早く廊下へと足を踏み出す。一つ扉をくぐると、目を焼くような鮮やかな深紅の内装。もはやすっかり馴染みのある光景となったバス構内を染める仄青い陽射しに目を細めながら、ふと視線の先に認めた人影まで歩を進める。自身の座席よりも一歩、前。二人掛けの座席――得物を抱きかかえたまま、自身の指定席に腰かける友を見下ろす。朝の挨拶をしようと開きかけた口は、白皙に影を落とす長い睫毛に慌てて噤んだ。
 ――眠っている、のだろうか。
 不躾な行為だと百も承知で、抗えぬ好奇心のままに覗き込む。あえかに上下する胸元と、ほとんど空気を震わせぬ呼吸。時折うと、うと、と船を漕ぐ顔は普段と比べても、幾分かあどけない。
 相当、昨日の業務で疲れが溜まっていたのだろうか。
 それとも――薄明の持つ魔力が彼をこうさせたのだろうか。
 幸い、自分達以外には誰もいない。管理人や他の囚人がここに来るまでには、もう暫くの猶予が残されているはずだ。未だ夜気の残るバスの空気に体を冷やしてしまわぬよう、身に付けていた外套を、夢の中にある友の肩へと掛けようとした――色彩の異なる双眸が開かれたのは、それとほぼ同時。

 瞬きすら許されぬほど、ほんの刹那の出来事だった。骨が軋む力で肩が押され、世界が反転する。強かに打ちつけられた身体の痛みとか、首筋に走った鋭い熱――確実に、急所を狙った斬撃だった。しかし、彼自身によって咄嗟に鋒をずらされた――とか、今ばかりはどうでも良かった。
「……っ、」
 それよりも、何よりも。
 誰よりも朗らかに笑う整い過ぎた美貌を酷く強ばらせて。
 誰よりも美しい宝珠のような瞳を酷く揺らして。
 己を見下ろす彼の痛々しさに、心を囚われていた。
「イサン、さん……僕……」
「……ゆっくり、息を吸いたまえ」
 ――だから、今の私に出来るのは。
 震える嗚咽ばかりを零す、呼吸の仕方を忘れた彼を、やおら抱き締めてやることだけだ。
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#LCB61

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