home palette
chat
in the MIRROR
in the MIRROR

in the MIRROR

性癖の煮凝り。

No.30

雨の檻から連れ出して/ホンイサ
囚人と囚人

 しとど降り注ぐ雨に紛れるよう、見慣れた人影があった。露に湿ったところで、うねることなく一層の艶を放つ夜色の豊かな髪。曇天を見つめたまま、まるで精緻な彫刻のごとく、ぴたりとも動かない彼の表情は見えなかったけれど。
「……イサンさん?」
 泥濘を踏み締めた足音で、自分以外の存在に気付いたのだろう――はたまた、彼のことだからそれよりも先に己の気配に勘付いてたとして何ら不思議に思わなかった。
「ふふっ、凄い雨ですね~。外に出てまだそれほど経ってないのに、もうびしょ濡れになっちゃいました」
 まるで何気ない言葉を口にでもしながら、流れるような所作で振り返った彼の整った白皙は常と変わらぬ笑みを湛えていたけれど、心なしか蒼白を帯びた口唇を視界に捉える。
「……ホンル君。そろそろバスに戻らん」
 手の施しようのない致命傷を負ったところで、不治の大病を患ったところで、管理人の時計が巻き戻りさえすれば全てがなかったように肉体は正常を取り戻し、何事もなかったように再び時が巡り出す。
 とはいえ、不要な苦痛を友たる彼にかけるべきではない。
 ――風病に蝕まれ、苦しむ目の前の彼とて、見たいものではない。
「ふふっ、すみません」彼は、変わらず目を細めていた。「時々、ふと雨に打たれたくなる時があるんです。耳を打つ雨音が、肌を叩く雨が、どうしようもなく心地好くて……」
 ふいと空を仰いだ眼差しは、遠い。
 酷く不安定で、曖昧としていて。
「……」
「イサンさん? どうし――わっ」
 泥濘む土を一歩、一歩と近付く自分へと傾げられた頭を、自身の外套で覆い隠した。
「えっ、……え、あの、これ……」
 想定の範疇から逸脱していたからだろう。ワンオクターブ上がった声色からは、隠しきれぬ動揺が滲んでいた。外套を掴もうとした手を、離さぬようしっかと搦めとる。
「……あの」
「泥濘に足を取らるまじく、心留めたまえ」
 外套によって隠された顔を、決して見ぬようにして。
 発せられる音は、一層激しさを増す雨によって掻き消されるままにして。
 そうして、バスに向けて一歩を踏み出した。
畳む

#LCB61

LimbusCompany,