home palette
chat
in the MIRROR
in the MIRROR

in the MIRROR

性癖の煮凝り。

No.32

永遠にあなたのもの/ホンイサ
K社と壇香梅 ※メリバ

「一緒に、ここから逃げましょう」
 いつもと何ら変わらぬ柔らかな声色。それが紡がれるたび、皹割れた口唇から咳と共に無数の赤い線が重力に従うようにして零れ落ちていく様を、ただ茫洋と眺めていた。
「あなたと一緒なら、どこだって良いです」
 血風に彩られた戦場にて――そして、気まぐれに訪れる安穏としたひとときにおいて――爛々と煌めいていたはずの双眸がふと細められる。その拍子にだろうか。長い睫毛の縁取る眼瞼から、止め処ない雨垂れの如く流れるそれが、しっかと掻き抱いて離さぬ腕の中、衣を赤く汚したとして、引き剥がそうという思考が過ぎることはついになかった。
「あなたと一緒なら、裏路地だって……外郭だって構わない」
 咳嗽混じりの言の葉は、もはや聞くに耐えないほど弱々しく、痛ましさを伴いながら鼓膜を叩く。
 ――そなたの言の葉なぞ、ゆかしからず。
 そう、突き放してしまえばこれまでの奇妙な関係は全て清算されるだろう。そうして彼がK社に戻り、適切な処置を受けられたならば、身体の崩壊も止まるはずだ――いや、待て。何故彼の身を案じているのだ、私は。
 彼の刃に斃れた皆の顔は、今でも鮮明に思い出せる。これまでに多くの同胞を殺めてきた男だ。皮肉を並べることにも、傷付いた顔を見ることにも疾うに慣れていたし、それが当然の報いであると信じて疑わなかった。
 刹那、鉄の匂いを伴いながら唇へと触れた幽きぬくもりに、現実に引き戻される。
 眼前にある男の笑顔は、酷く穏やかだった。
「――僕が、あなたを守りますから」
 確かな響きをもって、絞り出された音を最後に、彼はもう何も語らなかった。宝石のように煌めいていたはずの双眸からは光を失い、ぐったりと撓垂れかかる恵体を、緩慢な動作で抱き締める。あえかに繰り返される呼吸も、やがては止まることだろう。
 白く染まりゆく頭で、彼から齎された言葉を思い返す。
 一緒にここから逃げよう、一緒ならばどこだって構わない――は、と笑声が漏れた。いくら綺麗事を連ねたところで、結局は自分を置いていこうとしているではないか。
「……げに、(あなが)ちなる男よ」
 吐き捨てるようにして、口を衝いて出た恨み言。
 しかし、心は酷く穏やかだった。 
 身体の奥底で、何かが綻ぶような感覚があった。
 技術の解放を掲げたその瞬間から、安らかなる最期が訪れることはないと覚悟していた。
 今はどうだろう。おもむろに顔を上げる。
 かつて故郷で見た、どこまでも広がっていると信じて疑わなかった、晴れ渡る青い空の下。
 え辛い花の香に身も心も包まれながら。

 そうして、そこで意識は途切れた。
畳む

#LCB61 #技術解放連合 #K社

LimbusCompany,