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in the MIRROR
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性癖の煮凝り。

No.27, No.26, No.25, No.24, No.23, No.22, No.217件]

涙は希釈された祈りであること/ホンイサ
囚人と囚人

 どうして僕に、このE.G.Oが抽出されたんでしょうね。
 もはや慟哭と呼んで差し支えない――常であれば軽やかな音律を乗せるように、玉を転がすかの如き笑声を紡ぎ出す声帯から発せられているとは到底思えないあれは、本当に己の知る「彼」の声なのだろうか――耳を劈くような悲鳴を上げ、爆ぜて散り散りになり果てた蒼黒の肉塊を視界に映す。
 酷く、酷く陰鬱な心地だった。心の柔らかな部分を真綿で包むようにしてぎりぎりと締めあげられるような、名状し難い窒息感。つい先刻、突として落とされた彼の問いかけは、未だに頭の中で反響し続けている。
 青い涙を流して泣くばかりの幻想体が一体何を考え、そのような行動を取ったのか。その真意までを推し量ることは出来ても、それが必ずしも正解であるとは限らない。しかし、精神の悉くを擦り減らし、発狂へと至らしめるその響きを――それでも否が応でも泣き止ませる行為に対して、僅かばかりの罪悪感を抱いてしまった事実をただの気の迷いであると、自分には断定出来なかった。
 ――もしやすると。
 かの幻想体は自身の感情に、自我に感化させることによって、彼の気が済むまで「泣ききらせよう」としているのではないか。
 突飛な思考が脳裏を過るも、不思議と溜飲の下がるような心地だった。
 ホンルという囚人が、自身の感情を発露させることはほとんどない。常に笑顔で、朗らかで、何も考えていないようでいて、他者を慮る言葉を欠かさない青年――そんな彼が時折、ふとした瞬間に酷く達観とした表情を覗かせることがあった。
 どこか諦観にも似たような、神妙なそれを目の当たりにするたび、その作り物めいた美しい笑顔の下にはどれほどの感情をひた隠しにしているのかと思索を巡らせることがある。木漏れ日のように優しい微笑が自分に向けられるたび、ふつふつと込み上げる多幸感に顔が綻ぶと同時に、この笑顔がただの作り物でないことを心から願った。
 果たしてどれほどの言葉を尽くせば、本当の彼を見つけられるのだろう。
 いくら伸ばせど、この手は未だ届かぬというのに。蛙は彼のために滂沱の涙を流してやれる事実に。
 不意に、狡いと思ってしまった。
 ――最も狡いのは、この胸に息衝く醜い感情だというのに。

「イサンさん」
 名前を呼ばれた気がして、おもむろに顔を上げる。ちょうど時計が巻き戻り終えたらしい。先程E.G.Oに侵食されたばかりとは思えぬあっけらかんとした面持ちで、彩の異なる珠のような眼差しを己に向けて、彼はいつものように笑っていた。
「そなた、安穏なりや?」
「ふふっ、体が吹き飛ぶくらい、今更なんともないですよ~」
 何とはなしに紡がれた言葉。気の抜けた笑顔。
 いつも通りの、緊張感のない見慣れた姿。
 ――そは、真なりや?
「……さりか」
 口をついて出かけた疑問が音を成す前に、あえかな苦笑で隠した。
「しかし、精神に並々ならぬ負荷を受けた身なれば、さほどな無理しそ」
「はい。それよりも~……」つ、と眦を撫ぜる心地好いぬくもりにほっとするにも、それはあまりに唐突だった。「イサンさん。目元が赤いですけど、大丈夫ですか~?」
 それが彼の指先であると気付くよりも先に、すぐ側にまで迫った端正すぎる顔を、瞬きも忘れて見つめる。
「何を……、」
「う~ん……目も少し潤んじゃってるし、もしかして泣いてました?」
「…………は?」
 しばらく、彼から齎された言葉の意味が理解出来なかった。泣いていた? 自分が?
 この戦闘中、一遍たりとも涙を流した記憶など自分にはなかった。しかし、気遣わしげに此方を窺う瞳に、明らかな嘘が紛れているようにも見えなくて余計に訳が分からなくなってしまう。おかげで頭の中は顔料で塗り潰したように真っ白だ。
 仮に彼の言うことが事実ならば、自分はいつから目を潤ませていたのだろう。
「あはぁ……その調子だと、イサンさん自身も気付いてなかったんですね~」
 目の前でころころと笑う彼の声に、現実に引き戻される。珠の双眸は楽しげに細められていたけれど。
「あ~あ。あなたが、僕のために泣いてくれたのなら良かったのに」
 気のせいだろうか。微笑を湛えたままの口唇から独り言ちた言葉が、一等柔らかくて優しい響きを帯びていたのは。
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#LCB61

LimbusCompany,

残香/ホンイサ
K社と壇香梅

 これは、一体どのような状況なのだろうか。
「隣、良いですか?」
 そう言って、今まさに――己の返答すら待つ素振りも見せず――隣の座席に腰掛けようとしている男が纏っているボディースーツを、忘れるはずがない。多くの同胞を殺め、数多の血を吸い上げてなお、忌々しいエメラルド色の輝きを損なうことのないそれは、K社に属する三級摘出職職員の装いだった。
 男は人懐こい快活な――「摘出」などと称する殺し合いの時と何ら変わらぬ笑みを湛えたまま、異なる彩りを持つ双眸が覗き込んできたかと思いきや。
「あははっ、そんなに睨まないでくださいよ~」まるで鈴でも転がすような声で呑気に笑い、続ける。「今は共闘関係にあるわけですし、わざわざ敵対する必要なんてないじゃないですか」
「戯言を……」
「まあまあそう言わずに~」
 笑顔を崩さぬ男の言い分とて、決して間違えているわけではない。今の我々はリンバスカンパニー――その一部署で、管理人を務めるダンテの指示を受けて動く身に過ぎない。仮に周囲の制止を振り切ってでも目の前にいる男と「死闘」を繰り広げ、いずれかの時間が止まったところで、管理人が時針を巻き戻してしまえば、まるで何事もなかったかのように息を吹き返して再び正常に時を刻み始めるのだろう。
 これまでの犠牲に一矢を報いることさえ出来ない、何の意味もない、不毛な行為。
 それゆえの、不干渉。
「それに僕、前々からあなたとは話してみたいと思ってたんです」
 その花枝、身体から直接生えてるんですか?
 花で隠れている目はちゃんと見えてるんですか?
 花が萎れたり枯れたりすることはあるんですか?
 普段はどんな食事をしてるんですか?
 ――等々。ああ、いつになったらそのお喋りな舌が乾ききって、(おし)のように黙ってくれるのか。やはり舌の一つくらい切り落としておくべきだったか。若干の後悔に苛まれながらも、矢継ぎ早に投げかけられる彼の問いに対しては溜息で応えを返しながら、視線を向けた盆上に用意されていたのは、なだらかなフォルムを描く白磁の茶壷と茶杯が二つ。他の囚人の影響か、どうやらこの世界線の「イサン」は、最近好んで茶を口にしているらしい――状況からの憶測になるが、何者かをもてなそうと茶を淹れてから間もなくして招集がかかったようだ。
 時が過ぎ、すっかり冷めきってしまった茶杯の片割れを持ち上げる。眼前で揺らぐ淡黄色の水面。鼻を近付けてみると、甘やかな花の香りがした。
「それ、もしかして菊花茶です?」
「……そなた、分かるや?」
「あなたの纏う香りの方が強いので、少し自信がなかったんですけどね~。多分そうだと思います……あ、やっぱりそうだ」
 同じようにして茶杯を手に取り、香りを楽しみながら――正答に安堵したのか、見目麗しく咲き誇る百花もかくやとばかりの鮮やかな微笑を深める男は、頼んでもいないのに淀みない口調でさらに言葉を紡ぎあげていく。
「懐かしいなぁ。これでも僕、昔はゆったりとお茶をして過ごしてたんですよ~。色んな茶葉を集めて、嗜んできたので、お茶には多少自信があるんです」
「……斯様なやんごとなき趣味を持ちしそなたが、何故K社の摘出職なぞにつきけりや?」
「ふふ、やっと僕に興味を持ってくれました?」
 口を衝いて出た疑問に、翡翠めいた瞳が一層の煌きをもって瞬いた。失言だったと舌を打ったところでもう遅い。
 しかし、塵ほども興味がないかと問われたならば、それはそれで嘘になる。
 口ぶりからも、彼が明らかな嘘を吐いているようには見えない。何より、ほんの僅かな交流でも分かる美しい所作、整った身なりからも鑑みるに、元は相当裕福な家の出だったのだろうと想像に難くなかった。
 安穏としたひとときを好んでいたであろうこの男が、どのような経緯を経てK社に入社し、自らの身を血で染め上げるに至ったのか。
 ――けれど、同時に知ってはならないと頭のどこかで警鐘が鳴り響いている。
 視線を、話題を一方的に打ち切るべく、些か大仰な所作で扇子を開いた途端に鼻孔へと広がるえ辛い花の香。僅かに覚えた頭痛を誤魔化すようにして、杯に注がれた茶を一息に呷った。
「……話は終わりき。その茶を飲まば疾く私の前より失せたまえ」
 幸い「イサン」が淹れた茶だ。毒の類いが入っているはずもない。それでも、いくら待てども彼は水面を見下ろすばかりで、一向に口をつけようとはしなかった。
「う~ん……お茶のお誘いは嬉しいんですけど~……」しばらくして、心なしか名残惜しげに手の中にあった杯を卓上に戻しながら、男は笑う。「人らしい食事を摂らなくなってから久しくて。もしかすると吐いちゃうかも知れないので、遠慮しておきます」
 こともなげに吐露された言葉の意味を、噛み砕くまでにはしばしの時間を要した。
 そうして、茶杯を見つめていたはずの眼差しがこちらを捉えたかと思えば、彼は何も言わずに、やがて困ったように目を細める。
 待ち望んだものとは程遠い、痛いほどの静寂。
 唖のように黙り込んでしまったのは、他でもない自分自身だった。

 ――果たして、自分は一体、どのような顔をしていたのだろうか。
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#LCB61 #技術解放連合 #K社

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地獄を描く/良ロジャ
リウ協会

 彼女の纏う炎は、普段の彼女のように、皆を包み込むような優しく生ぬるいものではない。頬を撫ぜるだけで皮膚を焼き、骨肉を灰燼に帰すような、より鮮烈で、煌々としていて、苛烈なそれ。猛る火の粉を撒き散らす戦場は、まさに彼女の独壇場だ。その中心で、熱風に踊る髪が焦がれることすら気に留めることなく――まあ、どうせ後ほど高い声でキイキイ喚くのだろうけれど――身を躍らせていた。
 肺腑を満たした煙を深く吐き出す。ふいと持ち上げた指先、紫煙をくゆらせていた煙草で彼女の輪郭をなぞっていく。決して短くはない時間、まるで眼前の光景を網膜に焼きつけるかのごとく――刹那の瞬きすら、あまりに惜しい。
 自ずと口角が歪む。
「――芸術だな」
 独り言ちた呟きは、猛火によってかき消されていった。
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#LCB49 #リウ協会

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血風、咲き誇れ/イサファウ
壇香梅と剣契

 風に揺れる濡羽色の髪。
 陽光に映る白皙。
 伏せた目元に深々と刻まれたくま。
 知っている男と瓜二つの――当然だ、彼もまた「イサン」なのだから――けれど、知らない男の持つ扇が空を切ると共に、一等鮮烈な黄色が視界を覆い尽くす。まるで演舞でも披露するかの如く、花色と同じそれが振るわれるたび、一層の鮮やかさを増して花々は咲き乱れ、血の臭いすら掩蔽されてしまうほどに、ぴりっとした蘞辛い香りで鼻孔は満たされていった。
 噴き上がる赤が黄色にかかっては、花弁のひとひら、またひとひらを染め上げていく。
 息を吸うように刀を振り上げ、吐くようにして斬り伏せる。それが「剣契」と呼ばれる集団だ――しかし、いつしか刀を持つ右手を下ろしたまま、やがて晴れた視界に名残惜しささえ覚えながら、自分はその光景にただただ魅入っていた。

 ――あんな風に、美しい花を咲かせることが出来たならば。

 物言わぬ死屍累々。夥しい血河。
 訪れた静謐の中、先ほどと同じ場所に佇む男に何かしらの変わった様子もなく――その身を一切の血を浴びることなく、涼しげな面持ちを崩すことなく、扇で自身の顔をあおいでいる。
「そなた……魂抜けきめりかし?」
 不意に、心の臓が高鳴る。
 扇で口元を隠したまま、こちらへと向けられた眼差しがあった。まるで自ら爛々と煌めくような金色の眼を、自分は知らない。
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#LCB0102 #技術解放連合 #剣契

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Trick or Treat?/イサファウ
囚人と囚人

「トリックオアトリート」
 不寝の晩、夜気のように凛と澄み渡った響きをもって、最もこういった行事に興味を示すことはないと思っていた人物から発せられた魔法の呪文に、イサンは読みかけていた本を危うく手から転げ落としそうになりながら、隣で己を見つめる双眸を凝視してしまった。
「……ファウスト嬢?」
「先程、あなたが囚人に菓子を与えている姿を偶然目撃しましたので」
 先程――頁を手繰っていた指先を顎に当て、彼女の言葉を租借する。全ての発端は鏡ダンジョン攻略の合間、殺し合いの最中でありながら、比較的自由に動ける時間、憩いの場におけるロジオンの行動だった。
「ねえおちびちゃん達、今日は何の日か覚えてる?」
「今日、ですか? ええっと……確か、今日は一〇月三一日ですね」
「一〇月三一日というとハロウィンでありまするな! 人々が思い思いに仮装し、『トリックオアトリート』と唱えるだけで菓子がもらえるという! あの!」
「ふふっ、ご名答~」
 華やぐような、どこか悪戯めいた満面の笑みを湛えたロジオンがポケットより取り出したのは、色とりどりの包装に包まれた飴玉だ。それ等を二つずつ、手を差し出すようなジェスチャーを取る彼女に倣った二人の手のひらへと乗せていく。
「へ、ろ、ロージャさん?」
「ヴェル達には内緒だからね?」
 目を輝かせながら手の上に落ちてきた星めいたそれを眺めるドンキホーテの傍ら、目を瞬かせながら顔を上げたシンクレアに――本人はウィンクをしているつもりなのであろう――両目をぎゅっと瞑りながら、艶やかに粧した己の口元に指を添えた。
「へぇ、ハロウィンっていうんですか。下々ではそういう催しがあるんですね~」
 そのような一部始終を観察していたホンルにとって、ハロウィンという行事は多少なりとも新鮮に映ったのだろうか。じゃあ僕も、等とまるで先達の行動を真似るようにして差し出された月餅は明らかに一般人では簡単に手が届かぬほど高級品で、慄く二人と私も欲しいと黄色い声を上げる大きな後ろ姿を遠巻きから眺めながら、ふと、自身の纏う外套のポケットへと手を伸ばす。
 謙遜ではなく、本当に大したものではかった。糖分補給用にと用意していた一口サイズのチョコだというのに、渡した途端にぱっと綻ぶあどけない面持ちに、ささやかで尊い日常の一幕に、木漏れ日の中にいるかのようなぬくもりがゆるゆると胸に染み入っていく――そう、ちょうど鏡ダンジョン攻略のメンバーとして、彼女はあの場に居合わせていた。
 常と変わらぬ、感情を悟らせぬポーカーフェイスで、まさか彼女が自分に菓子を所望してくるとは夢にも思うまい。
「……イサンさん?」
 小首を傾げながら、ファウストはこちらを見つめている。さて、どうしたものか。年少者の二人だけではなく、ホンルとロジオンにもチョコを渡してしまった。ポケットを探る指は何も掴めず、ただただ布地に触れるばかりだ。
「ファウストは知っています。菓子をもらえないのなら悪戯して構わないと」
 沈黙と視線ばかりが突き刺さる。
「もらえないのでしたら……いたずら以外の選択はありませんが」
「……待ちたまえ。しばし、待ちたまえ」
「ファウストはもう十分待ちました」
 どうやら、これ以上猶予を与えるつもりはないらしい。手のひらに汗が滲む。もう片方のポケットへと手を伸ばす――指先に触れる、固いもの。縋るようにして細長い箇所を摘まみ、引き上げたそれはいつぞや手に入れた――少なくとも自ら購入したものではない。囚人の誰かから譲り受けた品だろう――棒付きのキャンディだった。おそらく葡萄味なのだろうその艶やかな飴先を彼女に向けながら、様子を窺う。
「…………」
「…………」
 再び訪れる沈黙。
 もしや気に入らなかったのだろうか。
「……致し方ありませんね」血の気が引くような心地など露知らず、差し出されたそれを受け取ろうとする彼女は心なしか不服そうに、白皙の頬を膨らませながら。
「頂きましょう」
 そう、小さく溜息を吐いたのだった。

「……彼女は、よりよき品を欲したりけむや?」
「う~ん……ファウも大概だけど、イサンさんはもう少し乙女心を学んだ方がいいかもねぇ?」
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#LCB0102

LimbusCompany,